うつ病と付き合っていく〜手作りウィッグショップ店長日記
うつ病と診断されて4年。やっと現状を受け入れつつあります。今は自宅で「手作りウィッグ」を製作・販売する日々を送っています。 ※当ブログはリンクフリーですがご一報下さい。
初めての精神科通院
初めての精神科通院

■32歳 1月31日
初めての精神科通院・一人で受診
「軽症うつ」だと思うので、2,3ヶ月で治るだろうと言われた。

お薬の処方
・パキシル 10mg
・抗不安剤 1種類
・マイスリー

◆初診の内容◆
 家族形成や生歴など聞かれるが、ずっと泣きっぱなしの私。
 
 今の気持ちは?と聞かれ、私は「もう子育てできないと思う」「もうダメだ」と思うと答えた。

 でも、本当はずっと自殺したいとばかり考えていた、どんな方法で死のうかと色々想像していた、と言いたかったが、私の中の何かがそれを先生に言うことにブレーキをかけた。
「自殺」という言葉を口に出すのが恥ずかしいような気がして言えなかった。

◆精神科受信後◆
 だんなにメールで「うつ病みたいだよ、抗鬱剤処方されたよ」と書くと、電話で「癖になって量が増えるからやめたら?」みたいなことを言われた。
 そのときは「そうかもね・・・」と軽く答えたけど、後でやっぱり離婚したほうがいいかな、とかばかり考えていた。
 過去にあった絶望させられた出来事ばかりが思い出されて、前に離婚しようと思った時になんでしなかったんだろうと後悔の思いがぐるぐる巡ってきた。

 でも・・・娘の人生に迷惑がかかることだけはしてはいけない。
 頭のおかしなことばかり考えている私に育てられて、娘は幸せになれるのだろうか・・・。
 私が思うように「母みたいにはなりたくない」と成長してから思われるのなら、育てるべきではないのかもしれないとか思ってみたりする。

堂々めぐりな考えばかりが浮かんで眠れない。娘がおきてしまった時を考えると怖いけど、睡眠剤を飲もうと思う。

 やっぱり考えるのは死んでしまいたい、ばっかり。涙ばかりが出てくる。こんなに泣いたら明日保育園に行く時に先生に見られてしまう。それよりも眠れなくて起きれるかな。早く眠らないと。保育園にも連れて行かないで、家でずっと居れたらいいのに。子供の世話もしなくてもいいならいいのに。
 自殺未遂でもすれば精神病院に入院できて、何もしないで生きていけるのかな?でも皆困るんだろうな。死ぬのは迷惑だからできないし、どうしたら何もしないでも許されるようになるんだろう。一日本読んだりして過ごしたい。仕事だけして過ごすのもいい。勉強だけでもいい。育児から抜け出したい。
 
 娘が手を頭に近づけると悪寒が走る。たたくからだ。いつもじゃないけど、怖くて体が勝手にブルブルっと反応する。娘が怖い。たたかれるのが怖い。なんでたたくのだろう。私はたたいたりしていないのに。娘の為に本よんで、だっこして、ご飯あげて、なんでもしてるのに、なんでたたいてくるの?

 近頃は本を読んであげていると、胸がつまって苦しくなる。呼吸のタイミングが合わなくて、苦しくなる。でも眠るまでがんばって読んでいる。でも今日はさすがに気持ち悪くて読めなかった。

「○○ちゃん、読んでよ」と言うと、「○○ちゃん読めないもん」と泣きそうな顔で言った。かわいそうで、少しだけがんばって読んでみたけど、辛かったからやっぱり読めなくなった。ごめんね。

◆抗鬱剤1日目◆
 抗鬱剤は、薬剤師に言われたとおり吐き気がする。喉のあたりのつかえはなくなったけど、気持ち悪くて眠気はかなりあるのに眠れない。

(過去の日記を元に書いています)

 

テーマ:鬱病 - ジャンル:心と身体

うつ病発症
うつ病発症の時〜重なるストレス・実母との関係・フラッシュバック・自殺願望〜

■32歳1月:主人が仕事のため1ヶ月東京へ滞在。
 その間、資格の勉強、更新忘れの為自動車免許取得試験のプレッシャーの中、1月中旬、娘が高熱で1週間保育園を休み、その後、私も扁桃炎で40度の熱を出す。

 3日ほど眠れず、喉のあたりが四六時中つかえた感じがし、ピルの副作用でずっとトイレにこもり吐きまくり、気が狂いそうだった。
 
 そんな折、実母からの電話で子育ての仕方が悪い(娘は兄の娘に比べてわがままだとか)とか、私の仕事をしたいという生き方について批判され、体調が最悪な上に気分も最落した。(正月に実家に行った際も、私の大学進学の批判や娘の容姿を悪く言う言動に耐えられなかった)

 眠れない日が続き、ベッドに横になっている間、記憶から抹消していた過去のいじめや実母からされた兄との差(ブスだバカだと言われたことなど)嫌な記憶がぐるぐると思い出して(その映像が蘇る・・・フラッシュバックというそうです)、変になりそうだった。
 
 唯一頼れるお義母さんに頼りたかったが、夫の姉が里帰り出産していたので、頼れなかった。

 実母からの電話の後、「死にたい」という思いがぐるぐる回り、どんな方法で死のうかと色々想像していた。

 育児から抜け出したい、消えたいという思いで一杯だった。
 眠らずに何通りもの自殺の方法を考えてばかりいて、「ああ、自分は気が狂っている」と思い、精神科に行くことを決意する。

(過去の日記を元に書いています)
うつ病発症前〜PMS〜(出産後)
退職・頭痛・胃痛・PMS

■29歳:長女出産。育児休暇取得。1年間休業の予定だったのが、新プロジェクトの責任者になってほしいとのことで、10ヶ月で復帰。

■31歳2月:退職。職場復帰(30歳9月)したものの、娘が肺炎で5回入院。
 仕事も忙しく、夫の協力が得られず、仕事をできる状態ではなくなったので、退職を迫られた。時短制度の導入を求めたが通らず。
 やりがいをもっていた好きな仕事だったので、落胆した。しばらくは失業保険をもらいながら、資格勉強に打ち込む。

■31歳4月:毎日重い感じの頭痛のため、一日3回、ほぼ毎日鎮痛剤(イブしか効かない)を飲むようになる。

■31歳7月:体が痛く、腕があがらなくなったので、カイロプラクティックに通うが、高額なのと効果があまり感じられなかったので、4回通ってやめる。ひどくこっていて、皮下筋肉?が異常に硬くなっているといわれた。湿布、鎮痛剤等で紛らわす。

■31歳8月:ひどい胃痛があったため内科を受診。バリウム検査や様々な検査をしたが以上なし。ガスター処方。

■31歳9月:月経前にイライラし、人格が変わったように娘(当時1歳末)に当たってしまう自分に気づく。
 月経前は、娘の夜泣きもひどく、眠れない。
 月経が始まる2時間前位に、嘘のように平常心に戻る。ちょっとした人の言葉に泣いてしまったり、資格取得の勉強をしていたが、集中できない状態が少し前からあることに気がついた。
 新聞でPMSの記事を読み、自分に当てはまるので、月経前は気をつけるようにした。

■31歳10月:某大手企業に正社員内定が決まったが、その晩、主人が昇進試験に受かり、転勤になる可能性が高いと言われ、もしすぐ辞めることになったら・・・と、企業に対して罪悪感を持ちながらでは仕事にも打ち込めないので、内定を辞退する。

■31歳12月:PMSについて調べ、ピルがPMSを抑えるというのを知り、産婦人科にいってピルをもらう。
 しかし、ピルを飲み始めてから、吐き気とイライラがずっと続き、月に4,5日だった気分障害が毎日続くようになる。

(過去の日記を元に書いています)

テーマ:鬱・ウツな気分 - ジャンル:心と身体

うつ病発症前(結婚後)
初めての不整脈

■28歳:結婚。社宅に引越ししたが、通勤に往復3時間以上かかったり、リーダー職に就いていた為、仕事の責任も重くなってきていた。
22時ごろ帰宅後の家事が負担となったのか、不整脈を発症。ホルター検査や、大学病院で検査を受けたが、「ストレス性の期外収縮」と言われた。
■28歳夏:2回、流産手術をした。

■28歳秋:通勤時間30分のところに引越し。通勤ストレスから開放された為か、不整脈がなくなった。

(過去の日記を元に書いています)
うつ病発症前(独身時代〜不眠・いじめ・母との関係)
うつ病の素質〜不眠・いじめ・母との関係

■小学生時代:元々不眠気味。修学旅行で3晩眠れなかった。それ以後、修学旅行や友人との旅行でも他人と一緒では眠れない。普段も耳栓をして眠る。少しの物音や体が触れたりすると起きてしまい、眠れなくなる)
小学4年で転校し、いじめにあう。原因はわかっているが、ここでは控えることにする。
 親には相談する気にはなれず、毎日通学した。母には「父の給料が低い」だとか、毎日愚痴を聞かされて育ったので、幼いころから母のようにはなりたくない、自立した大人になりたいと常々思っていた。

■中学生時代:中学校でもいじめは続き、リーダー格の女の子から頼まれた男の子が、教科書を廊下にぶちまけたり、椅子の足を曲げられて座れなくなったりした。先生も男子生徒からいじめを受けていたので先生にも相談できず。それでも毎日意地で通学した。中学3年でその女の子が転校したので、いじめは減った。
 いじめをした人たちを見返してやろうという原動力があったのか、中学3年生から勉強に打ち込み、進学校に入学。

■高校生時代:今までが嘘のような楽しい高校生活を送り、いじめられた過去があったことなど、すっかり忘れた。というか、記憶を抹消した。鬱病になるまで、人に話したことはない。

■大学生時代:京都のD大学に入学し一人暮らし開始。母はお金がかかる一人暮らしに反対で、今だにお金のことを帰省するたびにグチグチ言われるのが苦痛。大学生活中も年に1回程しか電話しない親子関係だった。

■社会人時代:結婚するまで一人暮らし
 大学卒業後、映画会社就職。2年間働いて転職。(事情があり、大学時代を過ごした関西に戻るため)
 転職後の商社で働いていた24歳の時、不眠のため、内科でロヒプノール等を服用。他の薬は忘れたが、乳汁がでて半年月経が来なかったので、服用中止。商社での職場の人間関係や仕事内容に悩んでいたので、環境を変えれば治るのではないかと思い、25歳で出版関係に転職。
 転職後、新しい職場でやりがいのある仕事をまかされ、仕事の成果に見合った報酬も頂き、いつの間にか不眠や精神的不安定な状態はなくなり、仕事もプライベートも充実した生活を送った。

(過去の日記を元に書いています)